Trolley.Net Blog

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ナス科植物と蒸気機関

ナス科は,食文化に最も大きな影響を与えた野菜のグループであると言うことが出来よう。ナス以外に,ジャガイモ,トマト,ピーマンやトウガラシ類が含まれる。このうちナス自体はインド原産とされるが,それ以外の殆どの種は中南米原産であり,15世紀末にコロンブス(Christopher Columbus, ca.1451-1506)がアメリカ大陸に到達するまで,旧大陸には存在しなかったことになる。従ってそれ以前には,ドイツ料理はジャガイモ抜き,イタリア料理はトマト抜き,朝鮮料理はトウガラシ抜きであった訳で,タバコ(これもナス科植物)や梅毒等の有難くないもの以外にも,コロンブスが人類に与えた影響は少なくない。

工業化の過程で,最も偉大な発明はワット(James Watt,1736-1819)による蒸気機関の発明だろう。蒸気機関車は電車や気動車に取って代わられていて,過去の遺物にしか見えないが,熱エネルギーを運動エネルギーに変換する簡便な手段であることには変わりがない。大出力のモーターが難しかった1930年代に,ドイツ国鉄が電気蒸気機関車を走らせたことはよく知られている。架線から電気を取って電熱ポットで湯を沸かせばよい道理だが,無煙化は達成できても熱効率は恐ろしく低かったと思われる。現代でも原子力発電は基本的に蒸気機関であって,湯を沸かして蒸気タービンを回すという構造は,熱源の違いを除けば火力発電も同じである。
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SEPTA Routes 23/45

Chestnut Hill Loop, the North terminal of Route 23, in 1981.
SEPTA 23系統の北端,Chestnut Hill Loopで待機する2748号(奥)と2575号。前者は1947年製のAll-electric(電制車),後者は40年製のAir-car(空制車)で,写真の翌年に廃車の運命だった。1992年秋以降,15-56系統と共に「暫定的に」バス代行とされたが,23-56系統は暫定代行が四半世紀も続いている。23系統の行路延長は41.0kmあり,当時全米で最も長い電車系統として知られ,Germantown Ave.を延々と走る姿が記憶に残る。(1981.9)

23系統の所管は,当時既にGermantown車庫からLuzerne車庫に移っていたが,バス代行後も暫くはGermantown車庫~Chestnut Hill Loop間のChestnut Hill Trolleyや,都心のBainbridge Loopと動物園間の51系統が一部区間を運行した時期がある。これらはいずれも週末のみの観光運行であり,1997年頃までには終了した。

3 car train on Route 45 to Hog Island during WWI.
23系統の代行バスは2016年に系統分割され,Center City以南は45系統を名乗るが,無料乗継制度が設けられている。1970年代には45系統はI-76をKing of Prussia (shopping mall)へ向かう系統に使われていたが,89年の124-125系統への再編に伴い空き番号になっていた。しかし45系統はそれ以上に,第1次大戦期に40-MarketのEl(evated) StationとHog Islandの海軍造船所を結んだ「市電列車」の系統番号として記憶される。

第1次大戦中の1918年から19年に掛けて,PRTは4000形130両と5000形110両の両運車2形式を,市内の有力車両メーカーだったJ.G.Brill社から購入した。4000形は総括制御が可能だったが,5000形は直接制御車だったので,輸送力確保のために4000形が5000形をトレーラーとして牽引する運行が実施された。写真は45系統の3両編成だが,先頭車のみがポールを上げているので,車号は読めないものの,4000形を先頭とする1M2T編成を捉えたものと思われる。(Phila. Municipal Archives)

第1次大戦の終結(Armistice Day)は1918年11月11日であり,造船所自体も21年には閉鎖されたため,これらの両運車が戦時輸送に活躍した期間は短かったが,彼らは最後まで"Hog Island Cars"という愛称で呼ばれることになった。Hog Islandは埋め立てられ,Philadelphia国際空港(PHL)の敷地に含まれるが,そこに至る道路は今でもIsland Ave.と呼ばれる。

上熊本駅(2)

The new elevated Kamikumamoto Station.
九州鉄道の池田駅として1891年開業以来の歴史を持ち,かつては粉体輸送(セメント等)のための専用線を持つ貨物取扱駅であった。九州新幹線と並行して在来線の高架化が進められ,2015年3月に島式ホーム1面2線の単純な電車駅が完成した。駅前広場拡張に伴い路線バスが駅本屋まで乗り入れ可能になり,写真でも熊本都市バスが停車中だが,市営バス塗装は変更されていない。池田駅の名称は,1950年開業の熊本電鉄菊池線(上熊本~北熊本間)の途中駅に引き継がれている。熊本電鉄の上熊本駅についてはこちら

Facade of old Kamikumamoto Station.
上熊本の旧本屋は1913(大正2)年竣工なので,夏目漱石が五高赴任時に降り立った駅舎とは別物であるが,文化財的価値を認められて,2006年に熊本市電の停留場上屋として移築された。しかし復元されたのはfaçadeのみで玄関も機能しておらず,横から見ると映画の書割のようである。かつての貨物ヤード部分へ車庫が移転して来たため,熊本市電の拠点駅になっており,停留場もかつての2面1線から3面2線に拡張された。(2016.12.12)

カエンボクとホウオウボク

Spathodea or African tuliptree in Port Vila
「世界三大花木」と呼ぶのだそうだ。1つめはカエンボク(火焔木)と呼ばれる,西アフリカ原産のノウゼンカズラ科の常緑高木である。African Tuliptreeとも呼ばれるが,花の形はチューリップとは似ていない。写真はPort Vilaの国会議事堂通(Rue Dartois)沿いの木だが,ピントが合っておらず確証は持てない。(2002.1.8)

Royal poinciana in National Taiwan University
確証が持てない理由は,もう1つの三大花木とされるホウオウボク(鳳凰木)と,遠目にはよく似ているからである。こちらはマダガスカル原産のマメ科の落葉高木なので,葉の形状(羽状複葉=ネムノキに似たシダ状の葉)から区別が付く。しかし花が満開になると間違い易いことに加えて,ホウオウボクには「火焔樹」という別称もあるので益々混乱する。写真は国立台湾大学構内の撮影だが,時期的に花が少ないため葉がよく見える。(2017.9.9)

鷲塚針原駅

A type 6100 car lined up with an LRV turning back at this station.
三国芦原線の鷲塚針原駅は,えちぜん鉄道と福井鉄道の相互乗入れの終端駅になり,低床車用の単式ホームが増設されて,2016年3月27日から使用されている。当駅は三国芦原線の福井市域最後の駅であることから,補助金の関係で,かつて丸岡線が分岐していたため構内に余裕のある西長田(ゆりの里)駅に代えて,乗入れ系統の終端に選ばれたと思われる。写真は福井行のえちぜん鉄道の単行ワンマンカー6112号と並ぶ,折返し待ちの福井鉄道の3車体2台車連接車「フクラム」F1003号。

Historic building of Washizuka-Haribara Station
当駅の駅本屋は,1928年の開通当時のものが残っており,えちぜん鉄道の他の6駅と共に国の登録有形文化財(建造物)に指定されている。逆に言えば経営状態が厳しく,それだけ多くの駅を更新せずに使ってきたことを意味する。また無人駅でありながら,列車無線基地局が設置されていることでも有名である。(2017.5.28)

J-Stage 備忘録

銀座町4丁目

「銀座」を名乗る商店街は全国に数多あり,東京の銀座地区に肖って繁栄を願ったものだろう。しかし銀座とは,本来銀貨を鋳造する場所であり,その意味では,これらの商店街に歴史的な意味付けは無い。似たような事例として「小京都」があり,これには全国京都会議なる,関係自治体の協議会が存在する。京都市伏見区にも銀座町があるが,この地名は東京より古い正真正銘の「銀座」に由来し,全国に数多ある〇〇銀座とは一線を画する。

江戸幕府による天下統一以前には,各地で貨幣が鋳造されたようだが,品位の異なる貨幣の併存は商取引に不便であるため,幕府による貨幣の統一が行われた。そのための役所が,1601(慶長6)年に京都の外港であった伏見に置かれ,1608(慶長13)年に京都市内(中京区)の両替町に移転するまで,この地で鋳造が続けられた。京都の両替町(烏丸通の1本西に位置する南北の通り)には,「銀座」という地名は残っていない。

Ginza-cho map
当時は貨幣鋳造が両替業務と深い関わりを持っていたこともあり,伏見でも銀座町を南北に貫く道路は,「銀座町通」ではなく「両替町通」である。さらに言えば,住所としての伏見区両替町は,南から北に向かって1丁目から15丁目まであるが,途中5丁目から8丁目までは欠番になっている。一方,伏見区銀座町は1丁目から4丁目まであるが,これが両替町4丁目と9丁目の間に挟まる形になっているため,実質的には両替町5丁目から8丁目に相当すると見ることができる。

Jizo shrine at Ginza-cho 4-Chome
東京の銀座4丁目交差点は,和光ビルの時計塔に象徴される繁華街だが,伏見の銀座町4丁目は地蔵を祀る祠などがある,住宅と個人商店が混在する普通の町である。かつては京都の街角の町名表示と言えば,仁丹のホーロー看板であったが,盗難の多発もあって,日本郵便のプラ看板に置き換えられている。(2017.1.2)

San Francisco Station (Caltrain)

Caltrain depot at 4th and KingStreets.
Amtrakの長距離列車はSan Franciscoではなく,対岸のEmeryville/ Oakland発着であり,San FranciscoはTransbay Terminalからのバス連絡になる。このためSan Franciscoを発着するのは,旧Southern Pacific鉄道を引き継いだCaltrainの通勤列車のみである。運転区間は77マイル先のGilroyまでであるが,実用的な本数があるのは45マイル先のSan Joseに留まる。写真はSan Francisco駅のコンコースであるが,13線という規模の割に建物は平屋の簡素なものであり,MUNIメトロの4th and King Streets駅と連絡している。

Caltrain depot at 4th and KingStreets.
ディーゼル機関車を先頭とするPush-Pull編成が並ぶ駅構内。Caltrainについては路線の一部電化と,Transbay Terminalへの地下路線延伸が,Transbay Terminal地区の再開発に合わせて計画されている。完成の暁には,ディーゼル運転の列車のみが地上に残ることになるため,当駅の規模は大幅に縮小される見込みである。(2009.11.19)

ゴクラクチョウカ

Strelitzia Reginae
南アフリカ原産とされる,ショウガ目・ゴクラクチョウカ科に属するゴクラクチョウカ(極楽鳥花)。南カリフォルニアでも多く栽培されていて,ロサンゼルスの市花にも指定されている。確かに花は鳥の頭部によく似ているが,本物の「極楽鳥」(フウチョウ)と比較すると,黄色い部分は頭部というより尾羽だろう。極楽鳥に関する写真や動画: "Birds of Paradise Project"と比較されたい。(2014.2.19; San Diego, CA)

九大学研都市駅

Kyudai Gakken Toshi Station
九大伊都キャンパスは2005年10月に開学したが,その玄関口として筑肥線・複線高架区間に開業した,2017年時点で筑肥線では最も新しい駅になる。周船寺までの区間は福岡市内にあり,当駅も本来なら福岡市内駅となるべきだが,1983年3月に筑肥線の博多~姪浜間を廃止し,福岡市地下鉄に乗入れる形態になったため,福岡市内駅からは除外されている。しかし新神戸駅のように,新神戸~三宮を別途地下鉄で移動することで,神戸市内駅が継続するのと類似した扱いは,技術的には可能だろう。

Tc1536 arriving at Kyudai Gakken Toshi Station
箱崎キャンパスからの移動は,地下鉄~JR~昭和バスと初乗りを3度払うことになるし,地下鉄線内でも1回は乗換えが必要になるので,乗換3回810円(九大ICカード所持者は740円)は便利とは言い難い。考えてみれば,筑肥線の姪浜以東があった時代なら,六本松キャンパス(鳥飼駅)からの移動は,(単線・非電化の運行頻度の問題を別にすれば)比較的容易だったかも知れない。写真は九大学研都市駅に進入する,福岡市交通局1000系最終(第18)編成。(2017.2.27)

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