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ジャカランダ

Jacaranda at UNECA, Addis Ababa
世界三大花木の最後はジャカランダ。南米・中米・カリブ海の熱帯・亜熱帯地域原産でノウゼンカズラ科に属する。50近い種が含まれるため,その態様は一様ではないが,栽培品種としてよく用いられるのはJacaranda mimosifoliaで,マメ科のネムノキと似た2回羽状複葉を持つ落葉高木である。従って,もう一つの三大花木であるマメ科のホウオウボクとも似ているが,花弁は紫色で開花時の区別は容易い。南アフリカ地域(南ア共和国, Zimbabwe, Zambia)等では街路樹として用いられるが,日本では日南海岸や長崎・小浜温泉等で植えられていて6月に開花する。写真はAddis Ababaの国連(アフリカ経済委員会)構内のジャカランダ。(2013.3.18)
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選択制夫婦別姓に関する新聞論調

1月9日にサイボウズの青野社長他3名が,日本人同士が結婚する際に夫婦別姓を選択できないのは憲法違反だとして,国家賠償を求めて東京地裁に提訴した。2015年12月の最高裁判決では,民法750条の同姓規定は合憲とされたが,今回は戸籍法における日本人と外国人の扱いの違いが争われる。「法の下の平等」という見地からは,同じ日本人が結婚相手によって戸籍上の姓の選択の可否が異なる点が問題とされているが,すべての日本人に同じ規定が適用されるという意味では,筋が弱い印象を受ける。ただし精神的な喪失感に留まらない,実質的な経済的損害が発生している訳で,その点について裁判所がどう判断するかだ。

この問題に関しては立法の不作為が指摘されており,1月10日以降,各新聞社が一斉に社説で取り上げた。1月16日の朝日まで,Web上で検索された各社の論調を比較のために再掲するが,一様に夫婦別姓に肯定的だと読める。


社説:夫婦別姓 改めて議論を起こそう
朝日2018年1月16日05時00分

 夫婦に同じ姓を名乗るよう強いる制度は憲法に違反する。そんな訴えが新たに起こされた。これまであまり言及されなかった視点からの批判も加わり、同姓を義務づけるおかしさが改めて浮かびあがっている。
 原告の一人は、結婚して妻の姓を名乗ることになった男性の実業家だ。様々な名義の変更など改姓によって生じる手間や不利益、そして「自分らしさ」を失うような感覚は、女性だけの問題ではない。この当たり前の事実を社会に突きつけた。
 注目されるのは、原告らが、外国籍の人と結婚した場合との違いを指摘している点だ。
 外国人は戸籍がないため夫婦は別姓になるのが基本だが、希望すれば同じ姓を名乗る手続きも用意されている。だが日本人同士の夫婦には同姓の道しかない。これは法律の不備で、法の下の平等などを定めた憲法に反すると主張している。
 別姓に反対する人々はよく、姓が違うと家族の崩壊を招くと言う。この論法でいけば、年2万組以上生まれる国際結婚の家庭は、相当数が「崩壊」することになる。いかに荒唐無稽な言い分か明らかではないか。
 提訴と前後して、弁護士から最高裁判事に就任した宮崎裕子さんが、今後も旧姓を使い続ける考えを明らかにしたことも関心を集めた。昨年から判決文や起訴状などへの記載が認められるようになったのを受けたものだ。旧姓使用の拡大は「女性活躍」をうたう政府の方針で、各省庁でも取り組みが進む。
 それ自体に異論はないが、考えれば奇妙な話である。
 被告に死刑を言い渡すこともある判決。国民のくらしや企業活動に重大な影響を与える政策決定に関する文書。これらが通称という「仮の姓」で書かれ、一方「正式な姓」は戸籍の上にのみ存在し、場合によっては社会でほとんど使われない。
 こんなに分かりにくく、権力行使の正当性が疑われかねないことまでして、なぜ現行制度の維持にこだわるのか。同姓か別姓かの選択によって生じるメリット・デメリットは、当の夫婦が責任をもって引き受ける。それで何の不都合があるのか。
 最高裁は約2年前、いまの民法を合憲と判断したが、選択的夫婦別姓制度について「合理性がないと断ずるものではない」と述べ、国会で論じ、判断すべき事柄だと述べた。
 保守的な家族観を掲げる自民党が多数を占め、国会の動きは鈍い。だが、社会のあちこちにきしみが出ている。提訴を機に改めて議論を起こすべきだ。


社説[夫婦別姓で提訴]歴史を前に進める時だ
沖縄タイムス2018/1/13(土)0:55配信

 司法は「時代の要請」から目を背けないでほしい。
 日本人同士の結婚で夫婦別姓を選択できないのは憲法違反だとして、男女4人が国に損害賠償を求める訴えを起こした。
 民法の夫婦同姓規定については、2015年に最高裁大法廷が合憲と判断したが、今回は戸籍法の不備を問う新たな裁判である。
 戸籍法の規定では、「日本人と外国人の結婚」「日本人同士の離婚」「日本人と外国人の離婚」で同姓か別姓かを選ぶことができる。「日本人同士の結婚」だけ別姓が選べないのは戸籍法の欠陥であり、法の下の平等を定めた憲法に反するというのが原告側の主張だ。
 東京地裁に提訴した1人、ソフトウエア開発会社「サイボウズ」の青野慶久社長は、結婚に際し妻の姓を選択した。「名字を変えたくない」という妻の希望に沿ったもので、「名前が二つあったらおもしろそう」と深く考えずに改姓したという。
 ところが仕事では旧姓の「青野」を使用し続けたため、パスポートや株主総会などで戸籍上の姓を強いられ想像以上に支障が出た。銀行口座や印鑑、クレジットカードの名前を変えるのもかなり面倒で、当時保有していた自社株の名義変更には数百万円かかった。
 結婚までに築いたキャリアが分断されないよう旧姓を通称として使用したのに、公的な書類では結婚後の姓を強いられるというストレスは、多くの女性たちが感じてきたことでもある。
   ■  ■
 最高裁が夫婦同姓を定めた民法の規定を合憲としたのは、「夫婦が同じ姓を名乗り家族の呼び名を一つにするのは合理的で日本社会に定着している」「改姓した女性の不利益は通称使用が広まれば緩和できる」などの理由からだった。

 もちろん結婚相手と同じ名字を名乗ることに絆や幸せを感じる人もいるだろう。逆に、生まれた時から慣れ親しんだ名前の変更に自分が自分でなくなるような喪失感を抱く人も少なくない。
 さらに通称使用をどこまで認めるかの対応は職場によってまちまちで、使い分けの煩雑さが付いて回る。そのため法的に離婚したり、最初から婚姻届を出さずに事実婚を貫く夫婦もいる。
 一方の配偶者に負担を押し付け、結婚の自由を制約する制度が果たして合理的といえるのか。
   ■  ■
 青野さんが訴えるのは「旧姓使用に法的根拠を」だ。同姓か別姓かではなく、別姓希望の夫婦を救うための新たな選択肢の提示である。
 今月、最高裁判事に就任した宮崎裕子さんは、最高裁判事として初めて旧姓を使うことを明らかにした。
 女性の社会進出とともに選択的夫婦別姓を求める声が強まっている。法律で同姓を規定する国は日本以外になく、世界の潮流からも大きく取り残されている。
 別姓を選ぶ自由は、個々の人権が尊重される社会をつくっていく上で不可欠だ。
 歴史を前に進めたい。


社説:夫婦別姓に真剣に向き合おう
日経2018/1/11付

 結婚時に夫婦別姓を選べない戸籍法は、憲法に反する―。ソフトウエア開発会社の男性社長らが、国に損害賠償を求める訴えを東京地裁に起こした。
 夫婦別姓を選択肢として認めてほしいとの声は根強いが、いまだ実現していない。姓を変えるのはほとんどが女性のため、一部の女性の問題と狭く捉えられることも多かった。今回の提訴は、男女問わず、多くの人にかかわる問題だということを示している。
 裁判はサイボウズの青野慶久社長ら4人が起こした。社長は結婚時に妻の姓に変更し、旧姓の「青野」を通称として使っている。
 日本人と外国人の結婚・離婚や日本人同士の離婚では、戸籍法にもとづき姓が選べるのに、日本人同士の結婚では別姓を選ぶ規定がない点を挙げ、法の下の平等に反するなどと訴えた。
 ビジネス上のマイナス面も多く指摘している。株式の名義変更に多額の費用がかかった、投資家から「社長が株を持っていない」と誤解される、などだ。精神的な負担だけでなく「経済合理性からみても日本の損失」という主張には、説得力がある。
 夫婦別姓を巡っては、法務省の審議会が1996年、民法の「夫婦同姓」規定を見直し、選択的夫婦別姓制度を導入するよう答申した。しかし国民の間でもさまざまな意見があり、改革に向けた議論は止まったままだ。
 最高裁大法廷は2015年、民法の規定を合憲とする初の判断を示した。だが裁判官15人のうち5人は、違憲とした。最高裁判決は姓を巡る制度は「国会で論ぜられ判断されるべき事柄だ」とも指摘している。
 困っている人がいるなら、その不都合を解消する。多様な価値観を尊重する。成熟した社会にとって、当たり前のことだろう。時代の変化に合わせて法制度を絶えず見直すことは、国会の責務だ。夫婦同姓を法律で義務付けている国は、世界でもまれだ。今こそ、真剣にこの問題に向き合うべきだ。


社説:夫婦別姓提訴「法の欠陥」はないのか
中日2018年1月11日

 夫婦同姓の民法規定は「合憲」と最高裁大法廷が判断して2年余り。今度は姓を変えた男性らが原告となり夫婦別姓制度を求め、提訴した。戸籍法を使い、法の欠陥を突く訴訟だ。注目しよう。
 2015年12月に最高裁が現行の夫婦同姓制度を合憲としたのは次の言葉に尽きる。
<家族は社会の基礎的な集団単位で呼称を一つに定めることは合理性がある>
 確かに合理性があることは否定しないし、家族が同姓であることに有利な点が多い事実も否定しない。だが、社会が多様化し、女性が社会進出した現代、旧姓を捨て去ることに不都合を覚え、実際に不利益をこうむる人が多いことも事実なのだ。
 1996年には法制審議会が希望すれば各自の姓を名乗れる「選択的夫婦別姓制度」案を答申した。それでも強硬に反対する人々は明治民法の「家制度」が頭から離れないのではと疑うほどだ。
 今回、東京地裁に提訴したのはソフトウエア開発会社「サイボウズ」の青野慶久社長らだ。
「96%が夫の姓」と訴えた過去の訴訟とは異なり、視点が違う。「法の欠缺(けんけつ)」を突いている。難しい法律用語だが、欠陥の意味である。民法ではなく、戸籍法を使っている。
 (1)日本人同士の結婚 (2)日本人と外国人との結婚 (3)日本人同士の離婚 (4)日本人と外国人との離婚-。このうち(1)以外では事実上、同姓か別姓か選択できるのだ。
 (2)の日本人と外国人の結婚は別姓の選択が可能-。つまり日本人同士の結婚の場合のみ別姓を選べない。おかしい。そんな「法の欠缺」がある。原告側はそう主張している。
 ここで憲法を持ち出そう。婚姻について定めた24条である。「法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない」。むろん14条では「法の下の平等」を書いている。
 そうなると日本人同士が結婚する際に夫婦別姓を選択できないのは憲法違反だ-。これが青野さんらの言い分なのだ。
 昨年9月から全国の裁判所の裁判官や職員の旧姓使用を認める運用が始まっている。判決や令状で同一人物かを確かめるためだ。弁護士も戸籍姓で登録し、旧姓で活動できる。民間企業などでも、もはや当たり前だ。
 判決で「当たり前の扉」が開くだろうか。時代はもうそこまで来ている。


社説:夫婦別姓 選べぬ社会をいつまで
信濃毎日2018年1月10日

 夫婦の同姓を定めた民法の規定を「合憲」と判断した最高裁の判決から2年余り。別姓を選べる制度の実現が一向に見えない現状に対し、新たな形で問題提起する動きである。
 結婚して妻の姓に変えた男性らが、仕事や生活に支障が生じたとして国に損害賠償を求める裁判を起こした。民法でなく戸籍法に着目した点がこれまでと異なる。
 外国人と結婚した場合は、戸籍法の規定に基づいて同姓か別姓かを選べる。なのに、日本人同士だと選べないのは戸籍法の欠陥であり、法の下の平等を定めた憲法に反すると訴えている。
 言い換えれば、民法上は同姓とし、戸籍法を改めて別姓を認める制度の提案だ。子どもは民法上の氏になるので混乱も起きないという。司法の判断によっては“風穴”が開くかもしれない。
 原告の1人でソフトウエア開発会社サイボウズ社長の青野慶久さんは、妻の姓に変えてみて不利益の大きさを痛感したという。仕事で旧姓の青野を使っているが、公式な書類は戸籍の姓にせざるを得ず、手間も費用もかかる。旧姓使用に法的根拠が与えられれば、救われる人は多いと話す。
 夫婦別姓をめぐって男性が訴訟を起こすのは珍しい。結婚で姓を変える男性は少なく、別姓は女性の問題と捉えられがちだ。そのこと自体、憲法が掲げる「両性の本質的平等」が根を張っていない現実を映し出している。
 最高裁は2015年の判決で民法の規定を合憲としつつ、全面的に是としてはいない。改姓による不利益をなくす法制度を作るのは立法府の役割だと指摘した。
 ただ、国会の動きは鈍い。法制審議会が1996年に答申した選択的夫婦別姓制度の導入は先送りされ続けてきた。司法がその状況を承知しながら立法府にげたを預けるのも責任の放棄に等しい。
 改姓は仕事や生活の不便さを伴うだけではない。氏名は人格の基礎である。姓を変えない選択は、尊厳や人格に関わる権利として尊重されなければならない。
 別姓は伝統を壊し、家族の一体感を損なうといった反対論も根強いが、夫婦同姓はそもそも明治期にできた制度だ。アジアでも欧州でも、今やほとんどの国で別姓を選べる。それが家族の崩壊につながっているとは思えない。
 家族のあり方は多様化している。同姓を選ぶ夫婦も、別姓を選ぶ夫婦もいていい。多数派の考えを押しつけず、個人の選択を認める社会を築きたい。

ナス科植物と蒸気機関

ナス科は,食文化に最も大きな影響を与えた野菜のグループであると言うことが出来よう。ナス以外に,ジャガイモ,トマト,ピーマンやトウガラシ類が含まれる。このうちナス自体はインド原産とされるが,それ以外の殆どの種は中南米原産であり,15世紀末にコロンブス(Christopher Columbus, ca.1451-1506)がアメリカ大陸に到達するまで,旧大陸には存在しなかったことになる。従ってそれ以前には,ドイツ料理はジャガイモ抜き,イタリア料理はトマト抜き,朝鮮料理はトウガラシ抜きであった訳で,タバコ(これもナス科植物)や梅毒等の有難くないもの以外にも,コロンブスが人類に与えた影響は少なくない。

sbiii.com
工業化の過程で,最も偉大な発明はワット(James Watt,1736-1819)による蒸気機関の発明だろう。蒸気機関車は電車や気動車に取って代わられていて,過去の遺物にしか見えないが,熱エネルギーを運動エネルギーに変換する簡便な手段であることには変わりがない。第2次大戦期に石炭の入手困難から,スイス国鉄が電気蒸気機関車(e3/3形)を走らせたことはよく知られている。架線から電気を取って電熱ポットで湯を沸かせばよい道理だが,無煙化は達成できても熱効率は恐ろしく低かったと思われる。現代でも原子力発電は基本的に蒸気機関であって,湯を沸かして蒸気タービンを回すという構造は,熱源の違いを除けば火力発電も同じだ。

カエンボクとホウオウボク

Spathodea or African tuliptree in Port Vila
「世界三大花木」と呼ぶのだそうだ。1つめはカエンボク(火焔木)と呼ばれる,西アフリカ原産のノウゼンカズラ科の常緑高木である。African Tuliptreeとも呼ばれるが,花の形はチューリップとは似ていない。写真はPort Vilaの国会議事堂通(Rue Dartois)沿いの木だが,ピントが合っておらず確証は持てない。(2002.1.8)

Royal poinciana in National Taiwan University
確証が持てない理由は,もう1つの三大花木とされるホウオウボク(鳳凰木)と,遠目にはよく似ているからである。こちらはマダガスカル原産のマメ科の落葉高木なので,葉の形状(羽状複葉=ネムノキに似たシダ状の葉)から区別が付く。しかし花が満開になると間違い易いことに加えて,ホウオウボクには「火焔樹」という別称もあるので益々混乱する。写真は国立台湾大学構内の撮影だが,時期的に花が少ないため葉がよく見える。(2017.9.9)

J-Stage 備忘録

ゴクラクチョウカ

Strelitzia Reginae
南アフリカ原産とされる,ショウガ目・ゴクラクチョウカ科に属するゴクラクチョウカ(極楽鳥花)。南カリフォルニアでも多く栽培されていて,ロサンゼルスの市花にも指定されている。確かに花は鳥の頭部によく似ているが,本物の「極楽鳥」(フウチョウ)と比較すると,黄色い部分は頭部というより尾羽だろう。極楽鳥に関する写真や動画: "Birds of Paradise Project"と比較されたい。(2014.2.19; San Diego, CA)

U.S. Code Title 49

日本の敬老乗車証の類が,自治体市民限定の制度であるのに対し,米国の制度は広く全高齢者(外国人を含む)を対象にしている。その根拠となるのが,合衆国法典49編(交通)の5307項であり,連邦政府から補助を受けている公共交通機関は,
 高齢者(65歳以上),Medicareカードを交付されている身体障碍者等,
に対するオフピーク時間帯の運賃を,ピーク時間帯の普通運賃の50%以下に設定するよう義務付けている。注意すべきことは,多民族国家ゆえか,高齢者に関して国籍に基づく限定がないことである。

実際の適用には多少のバラつきがある。例えばNew York MTAでは,地下鉄・一般バスに関しては終日半額運賃が適用されるが,通勤列車と急行バスについては,平日のピーク時間帯は除外されている。Chicago CTAでは,L(高架鉄道),バスともに基本的に半額だが,O'Hare空港発着の場合の普通運賃$5.00は,通常運賃の半額$1.10に据え置かれる。加えてイリノイ州民については,所得に応じて運賃が無料になるプログラム(Aging Benefit Access Program)も存在する。San Francisco MUNIの場合,現金運賃は半額($1.25/$2.50)だが,カード運賃ではそれ以上($1.00/$2.25)の割引となる。ただしケーブルカーに関しては,割引は21時~07時という,観光客が居そうもない時間帯にしか適用されない。

かつては単なる旅行者でも,パスポート提示で割引を利用できたが,交通系ICカードの導入が進んだことにより,事前に割引用ICカードの交付が必要となる都市が増えてきている。ただ制度的には,ICカードは国外からネット申し込み可能な場合が多いため,旅行者が完全に排除される訳ではない。また現地に滞在して,交通機関を利用する場合には,外国人でも利用可能である。ただしChicagoのように無料になる制度の場合は,さすがに住民であることが要求されるが,その範囲はChicago市民に限定されず,イリノイ州民に拡大されている。Chicago MSAは,周辺自治体を含んで一体的に機能するので当然に思えるが,日本では東京都を除いて極めて偏狭な制度になっていて,これが公共交通の利用を阻害する側面もあると考えられる。

旧6大都市の敬老乗車制度

旧6大都市は何れも交通局を持ち,戦前から続く路面電車・バスを運営していたが,現在でもすべて地下鉄を含む軌道系交通を運営し,いわゆる「敬老乗車制度」と称する,高齢者等を対象とした運賃制度を有する点でも共通している。


かつてはどこの都市でも乗車証は無料配布され,運賃は無料,利用回数の制限もなかったが,自治体の財政悪化に伴い,すべての都市で利用者負担が導入されている。しかしその方式にはかなりバラつきが見られ,利用時無料を維持するために交付時の負担が高額な都市と,交付時の負担は軽いが,利用の度に割引運賃を支払う都市,更には仙台市のように利用額に上限を設ける都市が混在していて,解りにくい制度になっている。(2016年10月現在)


名称種別交付対象者標準交付
価格[1]
価格幅[2]利用交通機関利用時負担
東京都シルバーパス磁気東京都に住民登録する70歳以上20,510円1,000円
(住民税非課税)
都営地下鉄・都電・都バス・舎人ライナー,八丈・三宅の町村営バス,都内の民営バス無料
横浜市敬老特別乗車証磁気横浜市に住民登録する70歳以上8,000円20,500円~3,200円
(所得に応じて7段階)
地下鉄・市バス,シーサイドライン,市内の民営バス,川崎市バス(特定路線)無料
名古屋市敬老パスIC card名古屋市内在住の65歳以上3,000円5,000円~1,000円
(介護保険料に応じて3段階)
地下鉄・市バス,ゆとりーとライン,あおなみ線無料
京都市敬老乗車証磁気京都市内在住の70歳以上5,000円15,000円~3,000円(所得に応じて4段階)地下鉄・市バス,市バス撤退地域の民営バス[3]無料
大阪市敬老優待乗車証IC card大阪市内在住の70歳以上3,000円地下鉄・市バス・ニュートラム1乗車50円[4]
神戸市優待乗車証IC card神戸市内在住の70歳以上3,000円地下鉄・市バス,神戸新交通,市内民営バス小人料金[5]

※注
[1] 年額を表示。所得等で差を設ける都市では,年所得150万~200万円に相当する標準的な価格を示す。
[2] 殆どの都市では,障碍者や生活保護等の特定の条件により交付額を無料にする制度が設けられている。
[3] 市バス撤退地域では,大原地区の京都バスと山科地区の京阪バス・醍醐コミュニティバスが利用可能。民営バスのみが運行する地域では,民営バス用の乗車証が,市バス・地下鉄証に加えて交付される。
[4] 通常の地下鉄-バス,バス-バスの乗継割引が適用される区間では,2乗車でも50円となる。
[5] 他に低所得者には,無料乗車券30,000円分が交付される。


東京都の場合,利用圏は島嶼部を含む東京都全域と,他都市に比べて広域になっており,更に利用時負担が無いため,交付金額は20,510円と相当高額である。また民営バスに乗車できる点は優れているが,東京メトロが利用できないため,23区内での使い勝手は良いとは言えない。東京・横浜・神戸の3都市は,市域内の民営バスも利用できるが,その他の3市は市営交通(第3セクター運営のものを含む)にほぼ限定されている。関西の大阪・神戸は利用負担金があるため,交付金額は安く,かつ所得による格差が無い点に特徴がある。実際のところ,所得で格差を付ける場合,事務処理が煩雑化し,所得の捕捉も必ずしも公平ではないので,大阪・神戸型の制度が合理性を持つように思える。


ただし全ての都市で,敬老乗車証の対象者を住民登録のある「市民」に限定していることには問題がある。たとえば長年市内のアパートに住んで住民税を払い続けていた人が,退職金で市外(郊外)に自宅を購入したとすれば,敬老乗車証の対象から外れる可能性が大きい。郊外の都市には市営交通が無く,敬老乗車証制度も存在しない場合が多いからである。公共交通は,誰でも差別なく乗れるから "common carrier"であり,敬老乗車証を差別運賃として見れば,公共交通の理念に反する印象を受ける。

政令市・特別区の火葬料金

縁起でもない話題で恐縮だが,地方自治体の施設利用料金において,非住民に過大な負担を求める傾向が強い火葬料金の格差について問題提起したい。同様な公営施設であっても公立病院の場合は,保険診療報酬が全国一律で定められているため,このように露骨な料金差別は発生しない。

Cremation fees in Japanese major cities, 2016

原則は,同一サービス・同一料金とすべきだが,公営施設では往々にして住民・非住民で差を付ける場合がある。経済学的には「二部料金制」と呼ばれ,電気・ガスの料金が,資本費に相当する基本料金と使用量に比例する従量料金の和となる等,固定費用の比重が高い産業で採用される制度と類似している。つまり住民は税金等で施設建設費を負担しているのに対し,非住民は負担していないのだから,住民からは燃料費等の可変費用のみを徴収し,非住民からは固定費用(建設費の減価償却分)を上乗せして徴収するという考え方で,一定の合理性はある。(料金は2016年9月現在)

しかし住民料金が無料である市を除いて,住民と非住民の大人料金の比率は,東京都瑞江葬儀所の20%増から名古屋市の14倍まで,差額で見ると,瑞江の12,160円から堺市の8万円まで大きくバラついていて,二部料金制に言う固定費用に係る適正負担を逸脱する自治体が多いように見える。事実,非住民料金が東京都の民営斎場の料金を超える政令市は7市に及び,安くて良質なサービスを提供すべき公営施設のイメージからは離れている。

昨今,どこの自治体も財源不足であることは解るが,だからと言って応益負担を超えるツケを非住民に回すことは不公正である。しかし非住民には当該自治体の政策決定に係る投票権は無く,行政への反発が出にくいので,安易に非住民へ負担を転嫁する誘因が働く。利用者側でも,何度も利用する施設ではないこと,競合施設が事実上存在しないことや,民営施設における「心づけ」と同様の理由で,理不尽だと思っても受け容れざるを得ないため,一種の「ひき逃げ戦略」が可能になる。

この種の非住民への課税の例としては,京都市の「古都保存協力税」(1985.7~1988.3)が想起される。代表的な観光寺院等の拝観料に1回大人50円・小人30円を上乗せして徴収する法定外地方税であったが,拝観者の殆どは京都市外からの観光客であることを考えれば,応益負担の原則に反するとの批判があった。むろん文化財の補修や参道の整備は必要であり,それを京都市民のみが負担することには問題があるが,この税は文化財等に使途を限定した目的税として提案された訳ではなく,原則非課税である宗教法人への代替的課税の側面が強かった。そのため府下寺院の連合体である「京都仏教会」が主導した,拝観停止(お寺さんのストライキ)等の強硬手段の結果,3年足らずで廃止に追い込まれた。

この場合は,徴税者(市)と特別徴収義務者(寺院等)は別主体であり,後者は宗教活動の自由への制約(端的には拝観者の減少)と言った立場から反対した。火葬需要は非弾力的であり,一定の独占力が行使できるため,価格設定の公正さに対する監視が必要である。しかし価格を監視すべき自治体が同時に設置者であること,新規参入が事実上不可能であることが,不公正な価格設定を可能にしている。

自ら火葬施設を設置せず,一部事務組合にも加入していない,いわゆるフリーライダーに相当する自治体が存在することは事実である。例えば京都府南部には,京都市と宇治市の単独施設が存在するだけで,旧乙訓郡・綴喜郡・相楽郡に属する市町村住民はこの両市に加えて,四条畷市や奈良市等,隣接府県の施設を域外利用する。しかし非住民と雖も,何れかの施設設置自治体に居住している者が大勢であり,居住自治体において長年固定費用部分を負担していたはずである。にも拘らず,たまたま死亡時に他の自治体に居たという理由で,懲罰的な料金を負担させられるのは公正とは言えまい。

例えば地方部の高齢者が住民票を残したまま大都市の病院に入院する,高齢の親を都市に住む子供が一時的に呼び寄せる等のことは,今日では一般的である。その期間中,不幸にして高齢者が亡くなった場合,最近の直葬の一般化もあって現地で荼毘に付すのも,ごく普通のことである。この場合,子供は自分が住民であるにも拘らず,高額な非住民料金を負担しなければならない。その意味で,川崎市がH.28年度から,市民の範囲を以下のように拡大したことは歓迎される。
・死亡時に介護保険法(平成9年法律第123号)第13条第1項に規定する住所地特例対象施設に入所または入居し、本市の介護保険被保険者であった方
・死亡時に障害者総合支援法(平成17年法律第123号)第19条第3項に規定する特定施設入所障害者であって、本市の介護給付費等の支給決定を受けていた方

この規定は,元市民である被介護者が市外の施設で亡くなった場合のみを対象とするため,極めて狭い範囲の拡大に過ぎない。住民料金の適用範囲を,死亡者本人または火葬申請者の何れかが市民である場合にまで拡大することが望ましいが,その方向への第1歩として評価可能だろう。

2016丙申年

Mt. Fuji
長野県上空から見た元旦の富士山,その向こうに伊豆半島も見える。1月というのに殆ど冠雪が無い状態で穏やかな正月だったが,月半ばを過ぎて北日本は2014年2月を彷彿とさせる大雪に見舞われている。地球温暖化が気象現象の激甚化(降る時は豪雨や暴風雪)をもたらしているという印象が拭えない。

2015年は内閣の暴走が目立ったが,今年も参議院選挙を目指してバラマキや争点隠しが懸念される。財政政策の限界が見えたからと言って,金融政策への過度な期待には無理があり,GPIFによるPKO(価格維持作戦)にも綻びが見えてきた。日本経済の終わりの始まりの年にならぬことを祈るのみである。

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