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Trolley.Net Blog

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伊万里駅

Imari Station of Matsuura Railway
JR筑肥線とMR西九州線(旧国鉄松浦線)の2路線が乗り入れる伊万里駅。旅客数は松浦鉄道側が多く,2面3線のスイッチバック駅になっているが,JR側は単なる棒線駅である。当駅に来る筑肥線は非電化の閑散線区であり,福岡市地下鉄と相互乗入れを行う通勤路線とは,唐津線を介して間接的につながる。西九州線は当駅で系統分割されていて,当駅を跨ぐ列車は運転されない。写真は左が佐世保行MR-601号,右が有田行MR-617号の単行ワンマンカー。

Overbridge connecting two Imari Stations.
かつては当駅を経由して博多から松浦線への直通急行も運転されたが,2002年に軌道が分断され,直通運転は物理的に不可能になった。第3セクター化に伴い,JR線との渡り線が撤去される例は多いが,駅が完全に分離される例は余り聞かない。右側のJR駅舎と左側のMR駅舎の間は2階連絡通路で結ばれているが,両線とも地平駅のため,わざわざ2階へ昇る必然性は乏しい。(2018.12.24)

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Hoboken Station, NJ

Hoboken Station built in 1907.
New Jersey側のHudson河畔に位置するHoboken駅本屋は,1907年にDelaware, Lackawanna, and Western鉄道のターミナルとして建設された。現在はNew Jersey Transit (NJT)のCommuter Railのターミナルとして使用されている。Hudson河畔に幾つもあった鉄道会社の水陸連結ターミナルとしては唯一現役であり,駅本屋の向かって左翼側がフェリーターミナルとして利用されている。

Departure board of NJT commuters.
Commuter Railの櫛型ホームの出発案内。平日の昼間時間帯に毎時4本の発車は,アメリカの都市鉄道としては少なくはないが,17番線まである巨大なターミナルが必要なほど頻繁とは言えない。機関車牽引列車が多いことは事実だが,基本的にpush-pullなので,機回しに時間を要する訳ではない。

PATH Station at Hoboken.
Manhattanへの往来は,PATH (Port Authority Trans-Hudson鉄道)が主力であるため,乗客の流れは桟橋ではなく地下へ向かう。Hoboken-Manhattan間の路線は1908年に開通しているので,現・駅本屋の建設当初から,フェリーから鉄道への転移が進んでいたことになる。Hobokenからは,33rd Street (Penn Station)行とWorld Trade Center (WTC)行の2系統が運転されるが,電光表示は2番線をWTC行と案内しているにも拘らず,列車には33rd Street行と表示されている。(2018.2.8)

St. Paul Union Depot (MSP)

The magnificent facade of St. Paul Union Depot.
人口355万人(MSA)を擁するMinneapolis-St. Paul都市圏の中央駅であり,現在の建物はChicago, Burlington & Quincy鉄道を始めとする複数の鉄道会社の共同駅として,1923年に竣工した。 かつてはChicago, ILへの都市間輸送が主力であったが,鉄道の衰退とAmtrakへの移行に伴って,1971年4月末で鉄道駅としての役割を一旦終えた。その後,駅の敷地は郵政公社(USPS)等によって使われていたが,2012年11月に歴史的建造物として復原された。

The practical entrance of St. Paul Union Depot.
定期列車としては,ChicagoとSeattle, WA & Port Land, ORを結ぶAmtrakのEmpire Builder 号が,2014年5月から当駅に停車するようになったが,1日1往復に留まるため旅客駅としては1面2線で十分である。かつて9面18線あったとされる残りのスペースは,もっぱらGreyhoundなどの長距離バスターミナルとして使用されているが,有効活用には遠い。従って交通サービス施設としては,壮大な駅本屋の裏側にある,写真のこぢんまりとした入口で十分な規模と言えよう。(2016.11.12)

上熊本駅(2)

The new elevated Kamikumamoto Station.
九州鉄道の池田駅として1891年開業以来の歴史を持ち,かつては粉体輸送(セメント等)のための専用線を持つ貨物取扱駅であった。九州新幹線と並行して在来線の高架化が進められ,2015年3月に島式ホーム1面2線の単純な電車駅が完成した。駅前広場拡張に伴い路線バスが駅本屋まで乗り入れ可能になり,写真でも熊本都市バスが停車中だが,市営バス塗装は変更されていない。池田駅の名称は,1950年開業の熊本電鉄菊池線(上熊本~北熊本間)の途中駅に引き継がれている。熊本電鉄の上熊本駅についてはこちら

Facade of old Kamikumamoto Station.
上熊本の旧本屋は1913(大正2)年竣工なので,夏目漱石が五高赴任時に降り立った駅舎とは別物であるが,文化財的価値を認められて,2006年に熊本市電の停留場上屋として移築された。しかし復元されたのはfaçadeのみで玄関も機能しておらず,横から見ると映画の書割のようである。かつての貨物ヤード部分へ車庫が移転して来たため,熊本市電の拠点駅になっており,停留場もかつての2面1線から3面2線に拡張された。(2016.12.12)

鷲塚針原駅

A type 6100 car lined up with an LRV turning back at this station.
三国芦原線の鷲塚針原駅は,えちぜん鉄道と福井鉄道の相互乗入れの終端駅になり,低床車用の単式ホームが増設されて,2016年3月27日から使用されている。当駅は三国芦原線の福井市域最後の駅であることから,補助金の関係で,かつて丸岡線が分岐していたため構内に余裕のある西長田(ゆりの里)駅に代えて,乗入れ系統の終端に選ばれたと思われる。写真は福井行のえちぜん鉄道の単行ワンマンカー6112号と並ぶ,折返し待ちの福井鉄道の3車体2台車連接車「フクラム」F1003号。

Historic building of Washizuka-Haribara Station
当駅の駅本屋は,1928年の開通当時のものが残っており,えちぜん鉄道の他の6駅と共に国の登録有形文化財(建造物)に指定されている。逆に言えば経営状態が厳しく,それだけ多くの駅を更新せずに使ってきたことを意味する。また無人駅でありながら,列車無線基地局が設置されていることでも有名である。(2017.5.28)

San Francisco Station (Caltrain)

Caltrain depot at 4th and KingStreets.
Amtrakの長距離列車はSan Franciscoではなく,対岸のEmeryville/ Oakland発着であり,San FranciscoはTransbay Terminalからのバス連絡になる。このためSan Franciscoを発着するのは,旧Southern Pacific鉄道を引き継いだCaltrainの通勤列車のみである。運転区間は77マイル先のGilroyまでであるが,実用的な本数があるのは45マイル先のSan Joseに留まる。写真はSan Francisco駅のコンコースであるが,13線という規模の割に建物は平屋の簡素なものであり,MUNIメトロの4th and King Streets駅と連絡している。

Caltrain depot at 4th and KingStreets.
ディーゼル機関車を先頭とするPush-Pull編成が並ぶ駅構内。Caltrainについては路線の一部電化と,Transbay Terminalへの地下路線延伸が,Transbay Terminal地区の再開発に合わせて計画されている。完成の暁には,ディーゼル運転の列車のみが地上に残ることになるため,当駅の規模は大幅に縮小される見込みである。(2009.11.19)

九大学研都市駅

Kyudai Gakken Toshi Station
九大伊都キャンパスは2005年10月に開学したが,その玄関口として筑肥線・複線高架区間に開業した,2017年時点で筑肥線では最も新しい駅になる。周船寺までの区間は福岡市内にあり,当駅も本来なら福岡市内駅となるべきだが,1983年3月に筑肥線の博多~姪浜間を廃止し,福岡市地下鉄に乗入れる形態になったため,福岡市内駅からは除外されている。しかし新神戸駅のように,新神戸~三宮を別途地下鉄で移動することで,神戸市内駅が継続するのと類似した扱いは,技術的には可能だろう。

Tc1536 arriving at Kyudai Gakken Toshi Station
箱崎キャンパスからの移動は,地下鉄~JR~昭和バスと初乗りを3度払うことになるし,地下鉄線内でも1回は乗換えが必要になるので,乗換3回810円(九大ICカード所持者は740円)は便利とは言い難い。考えてみれば,筑肥線の姪浜以東があった時代なら,六本松キャンパス(鳥飼駅)からの移動は,(単線・非電化の運行頻度の問題を別にすれば)比較的容易だったかも知れない。写真は九大学研都市駅に進入する,福岡市交通局1000系最終(第18)編成。(2017.2.27)

Reading Railroad

Reading Terminal, Philadelphia
Reading TerminalはReading鉄道の本社機能を併せ持つ駅本屋(headhouse)として,1893年に完成した。かつて8面13線を覆ったtrainshedは,National Historic Landmarkにも指定されたが,1984年に鉄道が地下化された後は,コンベンションセンターとして再利用されている。写真はMarket通西側からの景観だが,手前のMarriottが建設中であったため,建物側面やtrainshedの一部が見える。なおtrainshedの階下部分は,食料品を中心としたマーケットとして古くから通勤客に親しまれたが,駅の廃止後も引き続き営業され,Philadelphia中心部のtourist attractionになっている。(1993.5.14)

Communipaw Station, Jersey City
Reading鉄道の運行列車で最も有名なものは,Crusader号であろう。New Jerseyセントラル鉄道に入り,Jersey CityのCommunipaw駅までを運行し,そこからフェリーでLower Manhattanに連絡した。Communipaw駅はBaltimore and Ohio(B&O)鉄道のRoyal Blue号の終着駅でもあったが,河底トンネルを経てManhattanに直結するPennsylvania鉄道(PRR)→Penn Central鉄道の優位性は否めず,1967年に廃駅となる。Royal Blue号はB&Oの旅客廃止に伴い1958年に廃止されたが,Crusader号は行先をPRRのNewark駅(NWK)に変更して,1981年まで運行が継続された。Communipaw駅はNational Register of Historic Placesに指定され,Liberty State Parkの一部として保存されている。(1993.5.1)

Jefferson Station (aka Market-East Station)

Market-East Station, Nov. 1996
かつて30th Street Stationを出た列車は,"Chinese Wall"(万里の長城)と呼ばれた高架線を経て,Pennsyのターミナル駅であったBroad Street Stationで終着となったが,郊外電車の増発に対処するため,1930年に5面8線の地下駅であるSuburban Stationが建設され,最終的には1952年にBroad Street Stationを置き換えることになった。一方,Reading鉄道の列車は3ブロック東のReading Terminalを発着したが,1970年代初頭のPenn Central - Reading両鉄道会社の倒産を経て,SEPTAの主導により両線を地下で接続するCenter City Commuter Connection計画が具体化し,1978年着工-1984年竣工の運びとなった。これに伴い,従来のReading Terminalの機能を引継ぐ目的で建設されたのが,2面4線のMarket-East Stationである。(1996.11.14)

Plaque of
Center City Commuter Connectionプロジェクトは,1985年のアメリカ土木学会(ASCE)の"Outstanding Civil Engineering Achievement"に選定されていて,それを記念する銘板が地下1階コンコースに設置されている。なお開業30年に当たる2014年に,当駅のネーミングライツがThomas Jefferson Univeristy Hospitalに売却された結果,当駅の呼称はJefferson Stationに変更されたが,第3代大統領(2ドル札の肖像)の名を冠した駅名は古都には相応しいかも知れない。(1993.4.27)

30th Street Station (PHL)

30th Street Station facing Market Street, Philadelphia
Philadelphiaの中心駅である30th Street Station。1933年に現駅が完成するまでは,West Philadelphia Stationと呼ばれた小駅に過ぎず,長距離列車はSchuylkill川を渡った頭端駅であるBroad Street Stationに発着していた。写真左に,Market通に面した駅本屋の南側面が見えるが,車寄せを持ったメインエントランスは建物の東西に位置する。1955年に地下化されるまでは,地下鉄と路面電車は中央に見える電力会社(Peco)の建物の位置で地上に出て,Schuylkill川を複々線の橋梁で渡り,地下鉄(MFSE)は当駅前から高架に移行したため,南側面には軌道構造物が輻輳していた。

Inside of 30th Street Station, Philadelphia
1991年に修復作業が終わった直後の駅本屋内部。Amtrakでは3番目の乗降客数を誇る大駅であるが,Northeast Corridorに代表される長距離列車は,下層レベルの南北を短絡するプラットホームを発着する。通勤列車はSchuylkill川を渡ってCommuter Connection経由で旧Reading線に直通するため,東西方向の上層ホームに発着する。(1993.4.4)

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