Trolley.Net Blog

http://blog.trolley.net/

仙台市地下鉄東西線

Hirose River Bridge, Subway Tozai Line
2015年12月6日に開業した仙台市地下鉄東西線は,丸の内線の神田川と同様,広瀬川を橋梁で渡る。標高約35mの国際センター駅から標高約125mの青葉山駅まで,2.2kmで90mを登るため,この間の平均勾配は約41‰に達する。もしも広瀬川を地下で横断すれば,少なくとも10mは標高差が増すため,勾配を抑えるために青葉山駅を地下34mの深さに設置したことと辻褄が合わなくなる。ただ鉄輪リニアは車両限界が小さいため架線柱が低く,明かり区間と言えども電車の写真を撮るのは難しい。(2016.5.8)

Tatsunokuchi Bridge, Subway Tozai Line
東西線の明かり区間としてはもう1ヶ所,竜の口橋梁がある。都市計画道路川内旗立線との併用橋として建設されたが,上部の道路は着工の目処さえ立たず,どこからもアクセスできない「幻の橋」になっている。因みに現存する国内の道路・鉄道が上下2層になった併用橋を通る路線としては,本四連絡橋の児島・坂出ルート,関西空港連絡橋に次いで3番目となる。(大鳴門橋も南北備讃瀬戸大橋と同様の構造であるが,明石大橋が道路単独橋に変更されたため,鉄道断面が使われる見込みはない。)(2016.4.23)
スポンサーサイト

青函連絡


青函トンネル旅客列車の新幹線移行に伴って,3月20日で運行を終了する202レ「はまなす」。JR最後の定期急行であり,最後の定期客車列車でもある。DD51 1143[函]を先頭とするハネ2両,ハザ5両(カーペット車を含む)の編成。廃止理由とされた青函区間の牽引機は,JR貨物に借りれば済む問題だが,客車は8年前の時点で既に老朽化が目立っていた。(札幌,2008.6.7)

EC-289 and DC-281 connecting at Hakodate Station.
281系気動車「スーパー北斗」と789系電車「スーパー白鳥」が対面接続する光景も3月21日で見納めとなる。札幌連絡の役割は新函館北斗(渡島大野)駅に移り,789系電車は札幌圏へ移って785系の放逐に使われる。整備新幹線は並行在来線の切離しとセットであり,日常的旅客は不便を強いられる一方,貨物面では大幹線であるため電化は維持される。(函館,2010.6.21)

最近の新聞記事から

戦前の日本のSL「貴婦人」が台湾で復活

CT273

当ブログの2008年8月23日付エントリーで紹介した「彰化県花壇郷,台湾民俗村に保存されていた蒸気機関車CT-273」が復活を果たしたという記事。1943年川崎車両製のC57同形機だが,保存先の台湾民俗村が2007年に倒産したことで去就が注目されていた。(写真は再掲)

「名電1号形」1世紀ぶり里帰り 28日から愛知で公開

Sapporo Car #22

札幌市交通資料館で保存されていた22号が,6年間の約束で博物館・明治村に貸与されるという記事。名鉄及び名古屋市交通局の前身である名古屋電気鉄道は,我が国2番目の電気鉄道として1898年に笹島~久屋町間の市内線を開業したが,1901年の柳島~押切町間開業の頃までに用意した1形単車で唯一の現存車両である。札幌市電の前身である札幌電気軌道は,1918年の開業時に同形車24両を購入して10形としたが,29号のみが修復・改番のうえ保存されていた。(2008.6.29)

台東線の残影

Old rolling stocks in front of Hualien station
台湾東岸の鉄道は,花蓮港~台東間の約170kmが1926年に全通したが,1982年6月の改軌までは762mmゲージの軽便線であった。しかし軽便とは言え,夜行列車の設定もあり,木造の古い寝台車が運用されることでも知られていた。車齢の新しいディーゼル車等は改軌されて継続使用されたが,廃車された古い車両の一部が花蓮(新)駅の前に展示された…はずだったが,蒸気機関車LDT103号機や貨車は残るものの,展示ホームの旅客車は姿を消している。(2013.8.10)

Railway cultural park near the old Hualien station
花蓮(旧)駅近くの元・鉄道部花蓮港出張所が鉄道文化園区として公開されているが,こちらにも車両が展示されていたであろう軌道や上屋は残るものの,車両自体を見ることはできないので,ナロー時代の旅客車としては,台北駅東口に展示されているLDR2201号を見るしかないのかも知れない。(2013.8.8)

TEMU2000形「普悠瑪」

TED2002 at Hualien
TEMU1000形の増備車両は日車製のTEMU2000形となり,「普悠瑪」という愛称が付けられている。やはり振り子機能を持つ4M4Tの固定編成で,17編成が台東線電化に向けて準備された。写真は花蓮駅到着後に,TED2002をしんがりに車両基地へ引上げる2000形第1編成。

Heritage of rolling stocks at Taiwan Railways.
花蓮駅コンコース壁面のポスター。左端のCK124から右端の太魯閣号に至る台鉄車両を,縦貫線・彰化機務段に残る扇形庫(1922年)に並べた"staged photo"だが,普悠瑪号は含まれていない。(2013.8.10)

TEMU1000形「太魯閣」

TED1012
台鉄(TRA)の北廻線用振り子電車TEMU1000形「太魯閣」。写真はTED1012号を先頭に花蓮駅に入線する第6編成で,4M4Tの8両固定編成になっている。台鉄の本来の幹線であった縦貫線(台北~左営間)には,高鉄(新幹線)が開業したため,台鉄としては東岸の宜蘭線~北廻線~台東線に注力を迫られている。

北廻線に相当する蘇澳~花蓮間は,日本統治時代には建設線で終わったため,全通は1980年2月と遅いが,並行高速道路が未整備であり,従って高速バスとの競合が無く乗車率は高い。花蓮港~台東間は1926年に開業していたが,北廻線と直通が可能になったのは,1067mmへの改軌が完了した1982年6月である。同区間についても電化工事が進行中だが,開業は6月頃まで遅れる見込み。(2013.8.10)

Series 813 and 885 at Hakata Sta.
TEMU1000形は日立製であり,JR九州885系とほぼ同一設計とされる。885系をマトモに写した写真は無いが,通過する813系通勤車の向こうに,博多駅を引上げた「白いかもめ」が停車中。

近鉄スナックカー

Kintetsu Osaka-Nagoya Express
新幹線への対抗手段として登場し,かつては最大勢力を誇った近鉄スナックカーの一族も廃車が進行している。このうち12200系は今でも見掛けるが,スナックコーナーがあった最初の20編成で生き残るのは,15200系に改造された2編成のみとなった。画像は名阪甲特急車内で近鉄観光が配布した,時刻表・メニュー表紙の12000系。

Kintetsu's onboard food menu in Oct. 1970
大阪万博開幕に向けて難波線が開通し,日本がまだ高度成長の中にあった1970年10月時点のスナックカー(都コーナー)メニュー。ランチ300円,コーヒー80円は今の1/3~1/4程度の物価水準だろうか。この当時の名阪特急の運賃+料金は片道930円で,現在の4150円の1/4.5だから,食事メニューの上がり方よりやや大きい。

JNR's dining menu in Apr. 1970
近鉄スナックカーの料金を国鉄のビュフェ・食堂車と比較してみる。画像はJTB時刻表1970年4月号掲載のメニューで,都ホテル列車食堂が新幹線に進出したのは,食堂車連結(=博多延伸)後だったと記憶するので,当時の事業者は日本食堂とビュフェ東京の時代。しかしカレーライスは申し合わせたように180円で統一されている。

Bangkok BTS

BTS Car # 1937 at Chit Lom
1999年12月の開業以来,Siemens製の4扉車3連(Mc-T-Mc)35編成で運行されてきたバンコクBTSに,2010年になって長春軌道客車製の4扉車4連(Tc-M-M-Tc)12編成が導入された。これはSukhumvit線,Si Lom線双方の末端区間延伸に伴うもので,当初長春車はSi Lom線でのみ運用されたが,2013年以降Sukhumvit線に運用が移った。写真は(E1)Chit Lom駅の(N8)Mo Chit行長春車第2編成で,先頭から1937-2937-2837-1837となっている。(2013.3.16)

BTS Car # 1152 at Wongwian Yai
Siemens車についても輸送力不足は明らかなため,2012年からT車(3200形)を挟む4連化が進行中であり,Si Lom線はSiemens製4連車の運行になっている。Si Lom線は現在のところ,途中の(S8)Wongwian Yai駅で系統分割されていて,この先,2013年2月開業の(S10)Talat Phlu駅までは,下り線を使ったピストン運行になっている。写真はWongwian Yai駅に停車中のSiemens製第26編成1152他によるピストン運行列車(右)と,(W1)国立競技場行。(2013.3.23)

58654号機

Steamer 58654 at Kumamoto Sta.
JR九州の蒸機58654号は,1922年製と日本の動態保存機の中では最も古く,老朽化のため2005年に一旦運用から離脱した。1988年の修復時にボイラや動輪を交換,2009年の再修復で台枠を交換する等したため,ほぼ新製機に近い。写真は再々登場から4年,熊本駅5番線で「SL人吉」の先頭に立つ同機をカメラに収める人々。(2013.5.18)

Steamer 58654 at Shirakawa Bridge
1988年の最初の修復後「あそBoy」の営業運転を前に,14系座席車3両を従えて豊肥線・第二白川橋梁を渡る同機の習熟運転列車。(1988.8.13)

京阪と西鉄

NNR 3000 at Tenjin
京阪と西鉄の2扉特急車は共に8000系,3扉クロスシート車は3000系という共通点があることに気づく。特に意味は無いが,共に川崎重工製である点も共通している。その1世代前に遡ると,京阪の特急車は旧3000系(現8030形),西鉄は2000系と,この説はすぐに破綻する。写真は西鉄福岡(天神)駅で,手前2番線が5000系の大宰府行普通,1番線が3000系の筑紫行普通。(2012.10.27)

FC2Ad