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Trolley.Net Blog

http://blog.trolley.net/

Acela Express

Tracks 18 and 19 at Washington Union Station.
合衆国における鉄道による都市間輸送の復権を目指して,Penn Central鉄道は1969年に,Northeast Corridor(北東回廊)のNew York, NY-Washington, DC間にMetrolinerと称する専用電車を投入した。しかし動力分散方式の長距離列車に対する経験不足ゆえか故障が相次ぎ,1980年代初頭までに電車は退役し,機関車牽引列車に置き換えられた。

更なるテコ入れを狙って,2000年12月にAcela Expressと称するTGVタイプの動力集中式電車が運転を開始したが,New Heaven, CT以北はその直前に電化され,Boston, MA-Washington, DC間で電車運転が可能になった。New York以南の古い電化区間は11kV, 25Hzという独特の交流電化であるが,New Heaven以北は東海道・山陽新幹線と同じ25kV, 60Hzが採用されている。3つの電化方式の混在も,Northeast Corridorのシームレスな運用の阻害要因ではある。

Washington Union Station (WAS)の18~20番線は,Acela用ホームとして使用されるようだが,写真では18番線に2003号,20番線に2031号をWashington方先頭車とする編成が停車中である。前後の動力車間には客車が6両連結されているが,1両がFirst Class,1両がCafe,残り4両はBusiness ClassとなっていてCoach Classの設定はない。なお客車は本家TGVとは異なり,通常のボギー車である。

Acela power cars nos. 2001, 2005, and 2030.
Acela Expressも登場後20年を経て,新車との交代が計画されている。次世代の編成も動力集中式だが,中間車両は連接タイプになるようだ。2019年後半には試運転が開始され,2021年の営業運転が予定されるため,写真のような3編成揃い踏みが見られるのも,そう長いことでは無さそうだ。Union駅に並ぶNew York方動力車は,手前から2001号,2005号,2030号と思われるが,Acela Expressの編成は規則性が無く複雑である。(2019.1.29)
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ななつ星in九州

DF200-7000
JR線の定期夜行列車は絶滅に近いが,クルーズトレインとしては2013年10月に運行を開始した「ななつ星in九州」が先鞭を付けた。追随したJR東日本や西日本のクルーズトレインが動力分散方式であるのに対して,JR九州は集中方式で,特別仕様のDF200形ディーゼル機関車が牽引する。写真は2018年秋運行を控えて,長崎鉄道事業部佐世保車両センター(崎サキ;かつての門ハイ)で整備中の同列車だが,本来の所属は分オイである。2番線には国鉄色復原塗装の大村線区間快速キハ67-1が見える。

マイネフ77-7007
編成は博多方の先頭が1号車(マイ77-7001),最後尾が7号車(マイネフ77-7007)となっている。しかし例えば博多~小倉間または肥薩線に,豊肥線・久大線・おれんじ鉄道線の何れかを組合せると,博多駅発着時の編成が逆向きになる。かつて特急が1号車先頭であった時代には,博多駅に到着した「かもめ」は,香椎線→旅石支線→勝田線を利用して方向転換を行ったが,勝田線亡き後,博多に最も近い方転ルートは,博多→小倉→大分→久留米→博多という大回りになった。実際にこのルートを毎週回送していた時期もあるが,現在は方向転換が生じないルートで運転されている。(2018.9.29)

LCCや夜行バスの発達で,長距離列車は過去のものであるように見える。しかし観光需要は,景気や政治情勢に左右され不安定であるから,それへの過度な依存は危険であり,ビジネス旅客に支持されるような輸送サービスの提供が本質的であることには変わりがない。

仙台市地下鉄東西線

Hirose River Bridge, Subway Tozai Line
2015年12月6日に開業した仙台市地下鉄東西線は,丸の内線の神田川と同様,広瀬川を橋梁で渡る。標高約35mの国際センター駅から標高約125mの青葉山駅まで,2.2kmで90mを登るため,この間の平均勾配は約41‰に達する。もしも広瀬川を地下で横断すれば,少なくとも10mは標高差が増すため,勾配を抑えるために青葉山駅を地下34mの深さに設置したことと辻褄が合わなくなる。ただ鉄輪リニアは車両限界が小さいため架線柱が低く,明かり区間と言えども電車の写真を撮るのは難しい。(2016.5.8)

Tatsunokuchi Bridge, Subway Tozai Line
東西線の明かり区間としてはもう1ヶ所,竜の口橋梁がある。都市計画道路川内旗立線との併用橋として建設されたが,上部の道路は着工の目処さえ立たず,どこからもアクセスできない「幻の橋」になっている。因みに現存する国内の道路・鉄道が上下2層になった併用橋を通る路線としては,本四連絡橋の児島・坂出ルート,関西空港連絡橋に次いで3番目となる。(大鳴門橋も南北備讃瀬戸大橋と同様の構造であるが,明石大橋が道路単独橋に変更されたため,鉄道断面が使われる見込みはない。)(2016.4.23)

青函連絡


青函トンネル旅客列車の新幹線移行に伴って,3月20日で運行を終了する202レ「はまなす」。JR最後の定期急行であり,最後の定期客車列車でもある。DD51 1143[函]を先頭とするハネ2両,ハザ5両(カーペット車を含む)の編成。廃止理由とされた青函区間の牽引機は,JR貨物に借りれば済む問題だが,客車は8年前の時点で既に老朽化が目立っていた。(札幌,2008.6.7)

EC-289 and DC-281 connecting at Hakodate Station.
281系気動車「スーパー北斗」と789系電車「スーパー白鳥」が対面接続する光景も3月21日で見納めとなる。札幌連絡の役割は新函館北斗(渡島大野)駅に移り,789系電車は札幌圏へ移って785系の放逐に使われる。整備新幹線は並行在来線の切離しとセットであり,日常的旅客は不便を強いられる一方,貨物面では大幹線であるため電化は維持される。(函館,2010.6.21)

最近の新聞記事から

戦前の日本のSL「貴婦人」が台湾で復活

CT273

当ブログの2008年8月23日付エントリーで紹介した「彰化県花壇郷,台湾民俗村に保存されていた蒸気機関車CT-273」が復活を果たしたという記事。1943年川崎車両製のC57同形機だが,保存先の台湾民俗村が2007年に倒産したことで去就が注目されていた。(写真は再掲)

「名電1号形」1世紀ぶり里帰り 28日から愛知で公開

Sapporo Car #22

札幌市交通資料館で保存されていた22号が,6年間の約束で博物館・明治村に貸与されるという記事。名鉄及び名古屋市交通局の前身である名古屋電気鉄道は,我が国2番目の電気鉄道として1898年に笹島~久屋町間の市内線を開業したが,1901年の柳島~押切町間開業の頃までに用意した1形単車で唯一の現存車両である。札幌市電の前身である札幌電気軌道は,1918年の開業時に同形車24両を購入して10形としたが,29号のみが修復・改番のうえ保存されていた。(2008.6.29)

台東線の残影

Old rolling stocks in front of Hualien station
台湾東岸の鉄道は,花蓮港~台東間の約170kmが1926年に全通したが,1982年6月の改軌までは762mmゲージの軽便線であった。しかし軽便とは言え,夜行列車の設定もあり,木造の古い寝台車が運用されることでも知られていた。車齢の新しいディーゼル車等は改軌されて継続使用されたが,廃車された古い車両の一部が花蓮(新)駅の前に展示された…はずだったが,蒸気機関車LDT103号機や貨車は残るものの,展示ホームの旅客車は姿を消している。(2013.8.10)

Railway cultural park near the old Hualien station
花蓮(旧)駅近くの元・鉄道部花蓮港出張所が鉄道文化園区として公開されているが,こちらにも車両が展示されていたであろう軌道や上屋は残るものの,車両自体を見ることはできないので,ナロー時代の旅客車としては,台北駅東口に展示されているLDR2201号を見るしかないのかも知れない。(2013.8.8)

TEMU2000形「普悠瑪」

TED2002 at Hualien
TEMU1000形の増備車両は日車製のTEMU2000形となり,「普悠瑪」という愛称が付けられている。やはり振り子機能を持つ4M4Tの固定編成で,17編成が台東線電化に向けて準備された。写真は花蓮駅到着後に,TED2002をしんがりに車両基地へ引上げる2000形第1編成。

Heritage of rolling stocks at Taiwan Railways.
花蓮駅コンコース壁面のポスター。左端のCK124から右端の太魯閣号に至る台鉄車両を,縦貫線・彰化機務段に残る扇形庫(1922年)に並べた"staged photo"だが,普悠瑪号は含まれていない。(2013.8.10)

TEMU1000形「太魯閣」

TED1012
台鉄(TRA)の北廻線用振り子電車TEMU1000形「太魯閣」。写真はTED1012号を先頭に花蓮駅に入線する第6編成で,4M4Tの8両固定編成になっている。台鉄の本来の幹線であった縦貫線(台北~左営間)には,高鉄(新幹線)が開業したため,台鉄としては東岸の宜蘭線~北廻線~台東線に注力を迫られている。

北廻線に相当する蘇澳~花蓮間は,日本統治時代には建設線で終わったため,全通は1980年2月と遅いが,並行高速道路が未整備であり,従って高速バスとの競合が無く乗車率は高い。花蓮港~台東間は1926年に開業していたが,北廻線と直通が可能になったのは,1067mmへの改軌が完了した1982年6月である。同区間についても電化工事が進行中だが,開業は6月頃まで遅れる見込み。(2013.8.10)

Series 813 and 885 at Hakata Sta.
TEMU1000形は日立製であり,JR九州885系とほぼ同一設計とされる。885系をマトモに写した写真は無いが,通過する813系通勤車の向こうに,博多駅を引上げた「白いかもめ」が停車中。

近鉄スナックカー

Kintetsu Osaka-Nagoya Express
新幹線への対抗手段として登場し,かつては最大勢力を誇った近鉄スナックカーの一族も廃車が進行している。このうち12200系は今でも見掛けるが,スナックコーナーがあった最初の20編成で生き残るのは,15200系に改造された2編成のみとなった。画像は名阪甲特急車内で近鉄観光が配布した,時刻表・メニュー表紙の12000系。

Kintetsu's onboard food menu in Oct. 1970
大阪万博開幕に向けて難波線が開通し,日本がまだ高度成長の中にあった1970年10月時点のスナックカー(都コーナー)メニュー。ランチ300円,コーヒー80円は今の1/3~1/4程度の物価水準だろうか。この当時の名阪特急の運賃+料金は片道930円で,現在の4150円の1/4.5だから,食事メニューの上がり方よりやや大きい。

JNR's dining menu in Apr. 1970
近鉄スナックカーの料金を国鉄のビュフェ・食堂車と比較してみる。画像はJTB時刻表1970年4月号掲載のメニューで,都ホテル列車食堂が新幹線に進出したのは,食堂車連結(=博多延伸)後だったと記憶するので,当時の事業者は日本食堂とビュフェ東京の時代。しかしカレーライスは申し合わせたように180円で統一されている。

Bangkok BTS

BTS Car # 1937 at Chit Lom
1999年12月の開業以来,Siemens製の4扉車3連(Mc-T-Mc)35編成で運行されてきたバンコクBTSに,2010年になって長春軌道客車製の4扉車4連(Tc-M-M-Tc)12編成が導入された。これはSukhumvit線,Si Lom線双方の末端区間延伸に伴うもので,当初長春車はSi Lom線でのみ運用されたが,2013年以降Sukhumvit線に運用が移った。写真は(E1)Chit Lom駅の(N8)Mo Chit行長春車第2編成で,先頭から1937-2937-2837-1837となっている。(2013.3.16)

BTS Car # 1152 at Wongwian Yai
Siemens車についても輸送力不足は明らかなため,2012年からT車(3200形)を挟む4連化が進行中であり,Si Lom線はSiemens製4連車の運行になっている。Si Lom線は現在のところ,途中の(S8)Wongwian Yai駅で系統分割されていて,この先,2013年2月開業の(S10)Talat Phlu駅までは,下り線を使ったピストン運行になっている。写真はWongwian Yai駅に停車中のSiemens製第26編成1152他によるピストン運行列車(右)と,(W1)国立競技場行。(2013.3.23)

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