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銀座町4丁目

「銀座」を名乗る商店街は全国に数多あり,東京の銀座地区に肖って繁栄を願ったものだろう。しかし銀座とは,本来銀貨を鋳造する場所であり,その意味では,これらの商店街に歴史的な意味付けは無い。似たような事例として「小京都」があり,これには全国京都会議なる,関係自治体の協議会が存在する。京都市伏見区にも銀座町があるが,この地名は東京より古い正真正銘の「銀座」に由来し,全国に数多ある〇〇銀座とは一線を画する。

江戸幕府による天下統一以前には,各地で貨幣が鋳造されたようだが,品位の異なる貨幣の併存は商取引に不便であるため,幕府による貨幣の統一が行われた。そのための役所が,1601(慶長6)年に京都の外港であった伏見に置かれ,1608(慶長13)年に京都市内(中京区)の両替町に移転するまで,この地で鋳造が続けられた。京都の両替町(烏丸通の1本西に位置する南北の通り)には,「銀座」という地名は残っていない。

Ginza-cho map
当時は貨幣鋳造が両替業務と深い関わりを持っていたこともあり,伏見でも銀座町を南北に貫く道路は,「銀座町通」ではなく「両替町通」である。さらに言えば,住所としての伏見区両替町は,南から北に向かって1丁目から15丁目まであるが,途中5丁目から8丁目までは欠番になっている。一方,伏見区銀座町は1丁目から4丁目まであるが,これが両替町4丁目と9丁目の間に挟まる形になっているため,実質的には両替町5丁目から8丁目に相当すると見ることができる。

Jizo shrine at Ginza-cho 4-Chome
東京の銀座4丁目交差点は,和光ビルの時計塔に象徴される繁華街だが,伏見の銀座町4丁目は地蔵を祀る祠などがある,住宅と個人商店が混在する普通の町である。かつては京都の街角の町名表示と言えば,仁丹のホーロー看板であったが,盗難の多発もあって,日本郵便のプラ看板に置き換えられている。(2017.1.2)
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