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SEPTA Routes 23/45

Chestnut Hill Loop, the North terminal of Route 23, in 1981.
SEPTA 23系統の北端,Chestnut Hill Loopで待機する2748号(奥)と2575号。前者は1947年製のAll-electric(電制車),後者は40年製のAir-car(空制車)で,写真の翌年に廃車の運命だった。1992年秋以降,15-56系統と共に「暫定的に」バス代行とされたが,23-56系統は暫定代行が四半世紀も続いている。23系統の行路延長は41.0kmあり,当時全米で最も長い電車系統として知られ,Germantown Ave.を延々と走る姿が記憶に残る。(1981.9)

23系統の所管は,当時既にGermantown車庫からLuzerne車庫に移っていたが,バス代行後も暫くはGermantown車庫~Chestnut Hill Loop間のChestnut Hill Trolleyや,都心のBainbridge Loopと動物園間の51系統が一部区間を運行した時期がある。これらはいずれも週末のみの観光運行であり,1997年頃までには終了した。

3 car train on Route 45 to Hog Island during WWI.
23系統の代行バスは2016年に系統分割され,Center City以南は45系統を名乗るが,無料乗継制度が設けられている。1970年代には45系統はI-76をKing of Prussia (shopping mall)へ向かう系統に使われていたが,89年の124-125系統への再編に伴い空き番号になっていた。しかし45系統はそれ以上に,第1次大戦期に40-MarketのEl(evated) StationとHog Islandの海軍造船所を結んだ「市電列車」の系統番号として記憶される。

第1次大戦中の1918年から19年に掛けて,PRTは4000形130両と5000形110両の両運車2形式を,市内の有力車両メーカーだったJ.G.Brill社から購入した。4000形は総括制御が可能だったが,5000形は直接制御車だったので,輸送力確保のために4000形が5000形をトレーラーとして牽引する運行が実施された。写真は45系統の3両編成だが,先頭車のみがポールを上げているので,車号は読めないものの,4000形を先頭とする1M2T編成を捉えたものと思われる。(Phila. Municipal Archives)

第1次大戦の終結(Armistice Day)は1918年11月11日であり,造船所自体も21年には閉鎖されたため,これらの両運車が戦時輸送に活躍した期間は短かったが,彼らは最後まで"Hog Island Cars"という愛称で呼ばれることになった。Hog Islandは埋め立てられ,Philadelphia国際空港(PHL)の敷地に含まれるが,そこに至る道路は今でもIsland Ave.と呼ばれる。
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上熊本駅(2)

The new elevated Kamikumamoto Station.
九州鉄道の池田駅として1891年開業以来の歴史を持ち,かつては粉体輸送(セメント等)のための専用線を持つ貨物取扱駅であった。九州新幹線と並行して在来線の高架化が進められ,2015年3月に島式ホーム1面2線の単純な電車駅が完成した。駅前広場拡張に伴い路線バスが駅本屋まで乗り入れ可能になり,写真でも熊本都市バスが停車中だが,市営バス塗装は変更されていない。池田駅の名称は,1950年開業の熊本電鉄菊池線(上熊本~北熊本間)の途中駅に引き継がれている。熊本電鉄の上熊本駅についてはこちら

Facade of old Kamikumamoto Station.
上熊本の旧本屋は1913(大正2)年竣工なので,夏目漱石が五高赴任時に降り立った駅舎とは別物であるが,文化財的価値を認められて,2006年に熊本市電の停留場上屋として移築された。しかし復元されたのはfaçadeのみで玄関も機能しておらず,横から見ると映画の書割のようである。かつての貨物ヤード部分へ車庫が移転して来たため,熊本市電の拠点駅になっており,停留場もかつての2面1線から3面2線に拡張された。(2016.12.12)

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